W

引染(地染め)
  引染は、生地に染料液を刷毛で均一に、またはぼかして染色する工程です。引染は生地全体を通して染色することが多く、最も広い面積を染色するので、手描友禅工程の中では、挿友禅と並んで重要な位置を占める工程といえるでしょう。

引染は次の順序で行います。

点検→端縫い→引張り→地入れ→乾燥→色合わせ→引染(染色)→乾燥→点検→蒸し→水元〈ミズモト〉→乾燥→点検

引き染の道具類

  点検  

 伏糊工程が終了した生地全体をまず点検します。生地の性質、伏糊の欠落や乾燥状態、ぼかしの目印(あたり)、汚れなどをじっくり確かめながら、どのような染め方をするのかを検討・確認しておきます。
点検で始まり点検で終わる引染工程ですが、この時点で特にきっちり行っていないと大きな欠陥を発生させる場合もあるので、厳しくチェックを行います。

  端縫い 

 引染する前に、生地を染めるのに都合のよい順序で袖・身頃などの部分の生地を縫い合わせます。これは、キモノに仕立てた時、全体の色が同じ色に見えるようにするために必要な工程です。
引染は広範囲を染めるのですから、染め始めと染め終わりでは、少し違った濃度に染まる可能性があります。そこで、キモノを仕立てる時に隣り合わせ(縫い合わせ)になる部分を端縫いでつなぎ合わせるようにします。

  引張り  

 端縫いされた生地の両端に張り木を取り付け、片方ずつ工場に設置された柱にしばりつけます。次に生地の裏面に小張り伸子を約15センチ(5寸)間隔に打っていきます。伏糊の置かれた部分には、5センチ間隔くらいに細かく打ちます。こうして生地を縦・横に張り、生地のシワを十分に伸ばします。あまり強く張りすぎると、生地が糸切れを起こすこともあるので注意し、できるだけ耳の線がそろうように真すぐに張ります。また、伏糊が乾燥しすぎると、生地のシワが伸びなかったり、伏糊にヒビが入ったりする危険があるので注意しましょう。

  地入れ  

 地入れ液は、豆汁〈ゴジル〉とふのり液を混ぜた液です。地入れは、染料液を生地に均等に浸透しやすくすると共に、染料液が伏糊の内側ににじみ込むのを防ぐ働きをします。また、染料液の移行速度を調整し、染めむらが出にくいようにする働きもあります。
地入れは、張られた生地に、刷毛を使って引いていきます。刷毛には、生地面に液が流れない程度に地入れ液を含ませ、生地に直角に立てるようにして引いていきます。なるべくかっちりと生地を押さえつけるような気持ちで行います。
伏糊が置かれた部分を地入れする時は、糊を傷めないように、刷毛の力を加減します。
生地の表面全体の地入れが終われば、裏返してなで返します。(この時刷毛に地入れ液は含ませない)これは、地入れ液を生地全体に均一になじませるためと、裏面にまで液を吸収させるために行います。そして再度、表を向けて軽く全体をなでていきます。その後は自然乾燥させます。

<ポイント>
 地入れ液の混合比は、淡い色を染める場合はふのり液を多くし、中色から濃色に染めるにしたがい豆汁を増やします。
地入れ液は一反分で、約1.8リットルになるように、豆汁・ふのり液・水を調合します。調合具合は、生地の一部(影響のない箇所)でテストすればよくわかります。
伏糊の部分に液がよく浸透するようなら、水分が多いということなので、ふのり液を増やします。

  色合わせ  

引染しようとする色を色見本に合うように調合します。染料は熱湯で十分溶かし、元色として用意しましょう。色数は、主な色相がそろっていればよく、7〜8色が標準的です。後で述べる挿友禅の色合わせにおいても同様です。
一反分の生地を染めるのに約1.8リットルの染料液が必要なので、桶やバケツに必要量の水を用意し、主調となる色から順に元色を混合し、色合わせしていきます。

<ポイント>
 色合わせはできるだけ、少ない色数で望みの色を調合するようにしましょう。合わす色が増えるにしたがい明度・彩度が落ち、くすんだ色になってきます。

  引染(1)  

引染の要領は、地入れの時とほぼ同じで、生地の右から左へ向かって刷毛を動かしながら染めていきます。むら染めにならないように特に注意が必要です。作業途中で前の部分が乾燥してくるようでは均一に染められないので、手早くしっかり行いましょう。
室内が乾燥している時は、染料液をやや多めに刷毛に含ませ、湿っている時は少ないめにして引いていきます。

<ポイント>
 伏糊の置かれた部分には、刷毛をあてないように注意しますが、小さな伏糊の部分は避けられないのでそのまま引いていきます。

  引染(2)  

生地の表面に引染ができると、もう一度全体をなでるように刷毛を動かし、染料液が均一になるようにします。裏面も同様染料液を含ませない刷毛で模様の防染部分を避けてないで、裏まで均一に染着させます。(地入れの時と同様)特に中色から濃色に染める場合、裏なでを行うことが重要です。濃色に染める時は普通、表なで、裏なでを最低2回は繰り返し行います。
引染工程が終了すれば、そのまま自然乾燥させます。濃色は、できるだけ時間をかけて乾燥させます。

<ポイント>
 裏なでを行う時、裏面は防染されていないので、模様の部分に刷毛が入らないように注意しましょう。

  引染(3)  

紋付き、黒留袖などの式服は、地色は黒一色で染められています。黒引染には、特定の薬品、染料を用いて染める方法があります。代表的なものに「ログウッド黒染」というものがあり、これは、ログウッドエキス(ヘマチン)とノアールナフトール(ノアールレヂュイ)を生地に引き、重クロム酸カリで酸化させて発色させる方法です。これを通称「三度黒」と呼び、媒染染法の一つです。